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未来を支える読書 未来を支える読書
子供の本の読み方・楽しみ方

児童図書館研究会運営委員長 杉山 きく子 

 

〈子供の本の読み方は大人と違う〉

 子供の本の読み方、楽しみ方は、大人と大きく違います。長年、図書館員として子供の読書に関わり、また自身の体験からもそのことを実感してきました。 

 例えば、長年子供に喜ばれてきた絵本に『おおきなかぶ』があります。大きなかぶを抜こうと、おじいさんやおばあさん、動物たちが次々に登場して「うんとこしょ どっこいしょ」と引っ張るこの絵本を面白いと思う大人は稀でしょう。私もどこが面白いのだろうと思っていました。けれども子供はこの絵本が大好きで、お話会で読み聞かせると「うんとこしょ どっこいしょ」と大声で唱和することさえあります。

 ある時、真正面に座っていた男の子が、「それでもかぶは」と私が読むと、急に立ち上がって、私と並んで聞き手に向かって立ちました。そして手で絵本を示しながら「ぬけません」と声を合わせて言うのです。そしてまたすぐ席に戻ると、つぎの「かぶは」で立ち上がり、同じ動作をしながら「ぬけません」と言います。このくり返しは読み聞かせのじゃまになるどころか、お話会を大いに盛り上げてくれました。子供は「うんとこしょ どっこいしょ」の繰り返しも喜ぶけれど、「ぬけません」「ぬけません」と否定が続くのが面白い。否定の末の肯定だからこそ、爆発的な喜びがある。それを私に教えてくれたのがこの男の子でした。このように、私たち大人は、自分の固定観念に縛られず、子供特有の本の楽しみ方を子供から学ぶ。それでこそ子供に寄り添って、喜びを共有できるのだと思います。

 

〈子供の特権〉

 私は子供の頃、『ふたりのロッテ』注2が好きで、同じ愛読者の友だちとこっそり「ふたりのロッテ」ごっこをしたものでした。赤ちゃんの時に両親が離婚し、互いの存在を知らずに育った双子は夏季学校で偶然出会い、自分たちの身の上を知ります。そっくりな二人は相手になりすまして、まだ見ぬ父母に会いにそれぞれの家に行くと・・・。私たちは、ロッテとルイーゼになって、お互いの家の情報を交換したり、服を取り替えたりして遊びました。

 大人になって再読し、本書が離婚を描いた作品であることにびっくりしました。同時に著者の子供へ寄せる深い愛情と真摯な姿勢に打たれました。子供の私は、二人の両親が離婚していることにさえ気付かず、女の子の痛快な冒険として楽しんでいたのです。このように子供は著者の意図から離れて、自由にその子なりに楽しみます。その子の心の必要を満たすように読むといっても良いでしょう。それは子供に与えられる「間違って読む」特権だと思います。そして優れた本は大人になって再会したとき、子供時代とは別の体験や新しい発見をさせてくれます。

 

〈読書活動の実り〉

 運動の指導をする頻度の高い幼稚園と指導を行わず砂場、ボール遊び、鬼ごっこなど活発に遊ばせる園を比較調査したところ、自由に遊ばせる園の方が園児の運動能力が高かったという報告があります。注3 子供たちが遊ぶのを見ていると、確かにそうだなと納得できます。夢中になって走り回り、友だちに負けまいと競い合い、できるまで繰り返し挑戦し、縄跳びでもかけっこでも気づくと驚くほど上達しています。

 読書も同様のことがいえるのではないでしょうか。「読みなさい」「調べなさい」と言う前に、大いに楽しみ、驚き、笑う。そこから読書への道が開けてきます。大人がするべきことは、年齢にあった面白い本と静かな読書環境を用意し、読み聞かせをしたり、本の楽しさを伝えたりすることです。読んだ本のことであれこれ言わず、そっとしておく。そうやって過ごす自由な時間こそが子供独特の本との付き合い方や楽しみ方、時にはゆかいな勘違いを生みだし、やがて子供を本の世界の確かな住人にしてくれるのではないでしょうか。

 大人は子供の読書に目に見える成果や意図を求めがちです。読書から何か良きものを得ることは確かですが、本当の実りは、大地に雨がしみ込むようにゆっくりとやってきます。それも大人が意図したものでない、思いがけないところに実るのだと思います。

 

注1 トルストイ再話 内田莉莎子訳 佐藤忠良画 福音館書店

注2 ケストナー作 高橋健二訳 岩波書店

注3 「運動デキる子になるために」 朝日新聞 2016年3月9日

 

 

杉山きく子氏プロフィール

東京都立江東図書館、東京都立中央図書館、東京都立日比谷図書館、国立国会図書館・国際子ども図書館勤務を経て、2014年3月東京都立多摩図書館を退職。児童図書館研究会運営委員長。公益財団法人東京子ども図書館理事。主な著作『がんばれ!児童図書館員』(本作り空Sola  2014.3)