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読み聞かせは「心の脳」をはぐくむ

東京医科歯科大学・大学院医歯学総合研究科 教授 泰羅 雅登 

 

 読み聞かせは子供に対して様々なよい効果をもたらすとされています。では、なぜその様な効果が生じるのでしょうか。脳の活動を調べることで探ってみました。

 

1.「心の脳」に働きかける

 読み聞かせの効果については、かしこい子供に育てるという知育的効果が強調されているように思います。私自身も、子供が読み聞かせをしてもらっているとき、知能に関係する脳の領域が活動するのではないかと考えていました。しかし、実際に脳の活動を調べてみるとそうではなく、感情・情動にかかわる脳の領域が強く活動していました。この領域を専門用語では辺縁系といいますが、わかりやすくするために、心の動きに関わる脳、「心の脳」と呼ぶことにしました。読み聞かせは「心の脳」に働きかけていたのです。

 脳の活動を調べて分かったと言いましたが、もっと直接的な証拠があります。お母さんが読み聞かせをしてあげると、0歳の赤ちゃんが笑顔になることがあります。考えてみてください。0歳ですからこの赤ちゃんは言葉の意味を理解して笑ったわけではありません。つまり、読み聞かせには直接「心の脳」に働きかける何かがあって、その結果が笑顔となって現れたのです。私はこれが読み聞かせの本質だと考えています。

 

2.「心の脳」の役割

「心の脳」は心の動きだけに関係しているわけではありません。もっと大切な働き、私たちの行動をコントロールするという根源的な役割があります。

 動物でも人でも、行動の基本原則は「好きな事はやりたい」が「嫌なことはやりたくない」です。「楽しい・嬉しい」は行動するモチベーションを高め、「怖い・嫌だ」は行動を停止させます。つまり、「楽しい・嬉しい」がしっかり感じられないと、やろうという意欲が湧いてきません。「怖い・嫌だ」がわかっていない子にはしつけをしても効果がありません。また、最近はいじめが大きな問題になっていますが、自分が「嫌だ」と感じられなければ、相手が「嫌だ」と思っていることを理解できません。つまり、「心の脳」がしっかり働かないと、しっかりとした行動がとれないのです。

 

3.「心の脳」を育てる

 人の脳がうまく働くようになるには大原則があります。それは使うことです。漢字や英単語を覚えるときには何度もくり返します。何度も何度も脳を使うことでうまく働くようになります。「心の脳」も例外ではありません。喜怒哀楽をしっかり体験しないと正しく機能するようにはなりません。

 動物に比べて、人の赤ちゃんは過保護に育てられています。動物であれば、生まれてすぐに現実に投げ込まれて、直接的に「楽しい・嬉しい」「怖い・嫌だ」の体験をすることになりますが、人の赤ちゃんはしっかりと保護されています。そこで、読み聞かせはバーチャルかもしれないけれど「楽しい・嬉しい」「怖い・嫌だ」を体験させて「心の脳」を育てる役割をもっているのです。

 このことを昔の人も分かっていたのではないでしょうか。だからこそ読み聞かせはある種の文化として人類に伝わっているのではないでしょうか。読み聞かせは「心の脳」をはぐくみ、人としての土台を作るのです。

 

4.「親子の絆づくり」としての読み聞かせ

 読み聞かせのもう一つの大きな効用は「親子の絆づくり」にあると考えています。読み聞かせの時間はそんなに長い時間ではありません。でも、これほど濃密な親子の時間、それも、子供をしっかり観察する時間は他にはないのではないでしょうか。読み聞かせを通じて、子供を見る習慣がついてきます。そして普段の生活の中でも子供をしっかりと見ることは、子どもの小さな変化に気づき、親をほめ上手にしてくれます。ほめられた子供はうれしいと思い、子供の成長を発見してほめた親自身もうれしくなります。親と子どもの間の「ほめて・うれしい」「ほめられて・うれしい」はいい親子関係を作り出し、正のスパイラルとして働いて、「親子の絆」を作ることにつながると考えています。

 

 

泰羅雅登氏プロフィール

東京医科歯科大学・大学院医歯学総合研究科 教授。

専門は認知科学・神経生理学で、脳の「頭頂葉」を中心に認知神経科学の研究に取組んでいる。脳科学の最新の研究方法を用いて、読み聞かせの解明に取り組んだ成果をまとめた『読み聞かせは心の脳にとどく~「ダメ」がわかって、やる気になる子に育てよう』(くもん出版)ほか認知科学・神経生理学論文多数。