専修大学文学部教授 野口武悟
2021(令和3)年3月に策定された「第四次東京都子供読書活動推進計画」では、計画が目指すものの1つに「特別な配慮を必要とする子供の読書環境整備の推進」を位置づけています。特別な配慮を必要とする子供が増加傾向にあることから、多様な読書ニーズに対応できる環境整備の必要性が高まっていることや、2019(令和元)年6月に「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」(読書バリアフリー法)が制定・施行されたことなどが背景にあります。
「障害者の権利に関する条約」(2014年批准)などを受け、現在、国は学校教育におけるインクルーシブ教育を推進しています。次代を担う子供が障害の有無にかかわらず可能な限り共に学び合える学校環境を作っていくことは、共生社会の実現のためにとても重要なことです。すでに、小学校や中学校などの特別支援学級や通級指導教室で学ぶ子供の人数は、特別支援学校で学ぶ子供の人数を上回っています。こうした現状をふまえるならば、障害のある子供の読書ニーズに応えられる環境整備を、特別支援学校はもちろんのこと、すべての学校の学校図書館でしっかりと取り組んでいかなければなりません。あわせて、障害のある子供だけでなく、日本語を母語としない子供などの多様な読書ニーズに寄りそえる環境整備が求められているのです。
これらのことは、学校図書館にだけ当てはまるわけではありません。子供は地域の公共図書館の大切な利用者です。また、公共図書館にとって、学校図書館支援は業務の1つでもあります。特別な配慮を必要とする子供の多様な読書ニーズへの対応という視点からも、両者の連携を深めてほしいと思います。
では、どのような読書環境整備を進めていったらよいでしょうか。ポイントは3つあります。その3つとは、(1)施設・設備・サイン等の改善(バリアフリー化)、(2)さまざまなバリアフリー資料や補助具等の整備、(3)子供と資料を橋渡しする多様な活動、です。
まず、(1)ですが、学校図書館の場合は学校全体の、公共図書館の場合は施設全体のバリアフリーの状況と関わってきます。段差など気づきやすいバリアについてはすでに改善されていることが多いでしょう。しかし、気づきにくいバリアもたくさんあります。例えば、サインの色づかいなどはどうでしょうか。色覚多様性に配慮したものとなっていますか。使いにくい・分かりにくいところはないか、子供本人や保護者に意見を聞いてみるのも1つの方法です。バリアの改善は、予算が限られていても手作りなどで対応できることはあります。
次に、(2)ですが、文部科学省が2016年に定めた「学校図書館ガイドライン」に簡潔に整理されていますので、紹介します。「児童生徒一人一人の教育的ニーズに応じた様々な形態の図書館資料を充実するよう努めることが望ましい。例えば,点字図書,音声図書,拡大文字図書,LLブック,マルチメディアデイジー図書,外国語による図書,読書補助具,拡大読書器,電子図書等の整備も有効である」。これらの資料等を学校図書館が単独で整備していくことには予算的にも困難があります。学校図書館相互、そして公共図書館との連携がカギとなるでしょう。
最後に、(3)ですが、多様な読書ニーズに的確に応えていくためには、資料等が整備されるだけでは十分ではありません。やはり、個々のニーズをふまえた子供と資料を橋渡しする活動が欠かせません。例えば、代読(対面朗読)、手話によるお話し、出張貸出、多言語での読み聞かせなど、多様な実践がなされています。これらを担っているのは、職員(司書、司書教諭、学校司書等)やボランティアのみなさんです。職員やボランティアの存在こそが読書環境の要といってよいでしょう。
さて、東京都では、ここまで述べてきた読書環境整備に役立つツールを作成して、ウェブサイトで公開しています。例えば、障害のある子供への読み聞かせのポイントをまとめた『特別支援学校での読み聞かせ』(東京都立多摩図書館、2013年)や、特別支援学校における読書活動や学校図書館整備のポイントをまとめた『特別支援学校の指導内容・方法の充実に向けて』(第3章 言語活動及び読書活動の充実事業)(東京都教育庁指導部特別支援教育指導課、2021年)などです。これらは、特別支援学校だけでなく、すべての学校図書館や公共図書館でも参考になると思います。
これまでの子供の読書環境整備においては、特別な配慮を必要とする子供の多様な読書ニーズへの対応は、やや後回し、言い換えれば取り残されてきた感が否めませんでした。SDGsが「誰一人取り残さない」ことを謳っていることは、みなさんもご存知だと思います。今回、「第四次東京都子供読書活動推進計画」の目指すものの1つに「特別な配慮を必要とする子供の読書環境整備の推進」が位置づけられたことは、子供の読書活動から「誰一人取り残さない」という考えを明確に示したということもできます。子供を「誰一人取り残さない」読書環境の実現に向けて、私たちはそれぞれの立場からできることを一歩ずつ進めていきたいものです。
野口武悟(のぐちたけのり)氏プロフィール
専修大学文学部教授(ジャーナリズム学科長)、放送大学客員教授。
筑波大学大学院図書館情報メディア研究科博士後期課程修了、博士(図書館情報学)。
主に学校図書館や子どもの読書活動、読書のバリアフリーなどを研究している。
主な近著に『改訂 図書館のアクセシビリティ:「合理的配慮」の提供へ向けて』(共編著、樹村房、2021年)、『変化する社会とともに歩む学校図書館』(単著、勉誠出版、2021年)、『多様なニーズによりそう学校図書館:特別支援学校の合理的配慮を例に』(共著、少年写真新聞社、2019年)などがある。
これまでに文部科学省子供の読書活動推進に関する有識者会議委員、第四次東京都子供読書活動推進計画検討委員会委員などを務め、現在は東京都立学校図書館在り方検討委員会委員、千代田区図書館評議会委員長、横浜市社会教育委員などを務めている。